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ケニー・オルテガ
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THIS IS IT
ダンサー

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The Wiz
ヘアメイク担当

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テディ・ライリー
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フィリピン
マニラホテル
広報担当者

・・・・・・・・・・・・・・
ジョン・ランディス
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マジシャン
リアム・シーハン

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VANITY FAIR
カメラマン

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THIS IS IT
音楽監督

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専属画家
デビッド・ノーダル

・・・・・・・・・・・・・<
デビッド・
ワルチンスキー

・・・・・・・・・・・・・<
エンジニア
ロブ・ホフマン

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プロデューサー
デビッド・パック

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インパーソネーター
Navi

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DORIAN
HOLLEY

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アンドリュー
ロイド・ウェーバー

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画家ネイト
ジョルジオ

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Chris Apostle
Cory Rooney
Chris Yandek

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ゴットフリート・
ヘルンヴァイン

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Sam L. Parity
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マイケルの手紙
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David Perry
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Travis Payne
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Tom Mesereau
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「This is it」音楽監督Michael Beardon Interview
http://www.moviesonline.ca/movienews_17454.html

 



Q:どの時点で映画にあなたとマイケルの場面が入るとわかったのですか?
そして初めて見たとき、どのように反応 しましたか?

MB: あー、私と彼の?彼に「もっと色っぽく“More booty”」って言っている?
何があったかって言うと、 MJのメモリアルの後に数日休みを取っていました。
そしてAEGから電話があったんです。 ケニー・オルテガ、
素晴らしい監督、トラビス・ペイン、
コレオグラファー兼映画の助監督兼副プロデューサー、
そして私、映画の副プロデューサーあてに。
私達はAEGから80、90、100時間のフィルムの内から4時間分ぐらいを見に来てほしいと頼まれたんです。
初めてあのシーンを見たのは、その時です。それで私はただ笑ってしまいました。
どうしてかと言うと、あの時、MJはその週ずっと私とバンドのところに来てるはずだったのに他にやることがあるか何かでいなかったから、
私はイライラしていたんです。 彼が色々要求すると私は内心、
「へー、もしあなたがここにいたら今頃準備万端だったのに。」(笑)

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Q:マイケルは来てなかったんですか?

MB:いえ、いえ。来てなかったわけじゃないんです。マイケルは仕事してましたよ。
私達はもちろん仕事していました。トラビスが彼を確保してたり私だったりケニーだったり、 または皆で一緒だったり。
そういう風にマイケルは単に色んなことをやるのに忙しくて最初の方の段階では私に振り当てられてた 時間が他に取られてしまったんです。映画を見ればわかりますけど最後には追いつきましたけど。

本当に素晴らしかった。私は決して引き下がる性質じゃないしMJも同じです。 でも、対立してるわけじゃないんです。MJが自分のやりたいことを望み、 私が私のやりたいことを望んでいただけなんです。
共に、彼と私の言うところの…、私達みんなが言うところの創造のための駆け引きなんです。 MJが何かをやってみて私が「なるほど、それはいいけど、こうやってみたらどうかな」 そこにあるのは緊張ではないんです。

私はいつもおばかなことをやってて、見ればわかりますけど最後にはMJを笑わせてたんです。 MJは、「君の言ってること完璧にわかってたよ。」と言うんです。 そして私達は常にハグしてましたし常に「アイラブユー」と言ってたんです。 「ゴッドブレスユー、ビアデン。アイラブユー。」とMJは言ってました。 私は名字で呼ばれてました。ツアーには10人か12人ぐらいマイケルがいたのでね。(笑)

Q.Badはやる予定はなかったんですか?

A.MJが過去のすべてのヒット曲をやったら24時間ステージに立たないといけない。 一番最初の頃のミーティング中にMJは何回かネットにアクセスして、多分息子のプリンスに やらせたんだと思うけど、ファンに何を聞きたいか聞いて、そのリストをプリントアウトした。 1位から50位〜100位くらいまで。MJはほんとにファンが聴きたい曲をやりたいと思ってた。 ファンをすごく大切に思っていたんだよ。自分が一緒に今まで仕事をしてきたどのアーティストよりも ファンを大事にしていた。今までそんな人は見たことなかったよ。

別の日の打ち合わせで、MJと僕と、彼の息子のどっちかがいて、MJはプリントアウトと 自分の手書きのリストを僕に見せた。老眼鏡を取り出して(かっこよかったよ)、 「バーデン、どう思う?」って。
「MJ、これはクールだけど、J5はないし、オフザウォールもないよ」
「ない?」MJはリストを見て「うわ・・・」ってなった。
それは僕らもすごく懸念していたことだった。

彼には素晴らしい作品がありすぎてファンにも本当にそれを見せてあげたかったけど ヒールザワールドやウィーアーザワールドといった、彼のメッセージを伝える曲は外せなかった。 この星を救うこと、そして人と人との関わり合い方を癒すこと、それはMJにとってとても重要なことだった。 Remember the time、Bad、MJも我々もやりたかった曲がたくさんあったけど、こう言うしかなかった。 「MJ、これをやったらステージに3時間、4時間、5時間といないといけない。毎回それをやることはできない。 50日あるんだよ?」 マイケルは、「そうだね、それはできない。仕方ない」

Q.映画にはなかった場面もDVDに入りますか?

A.そう思う。映画に取り込めなかったものがいくつもある、上映が1日がかりになってしまうからね。追加はあると思う。 「追加特典」みたいな言い方をされてて、ちょっとこれは響きが良すぎるけど、映画にはなかった曲が盛り込まれると思いたいね。

Q.どの場面が入るかわかりますか?

A.いや、全然知らないよ。

Q.マイケルはエンディングとアンコールになにを歌うか決めていましたか?

A.それも考えている途中だったよ。ちゃんとしたセットリストはないんだ。選んでいるところだった。 それは僕の仕事でもあり、MJの仕事でもあったんだけど、最後のほうで彼は僕に投げた。
「君がやってくれ、 ファンのことを思うと僕にはできない」って。
彼には辛い作業だったんだよ。いつも「ああ・・・」ってなってしまうんだ。

あるとき、セットリストをポスターサイズに拡大コピーして彼の控え室に貼って言った。
「OK、僕は今からしばらくいなくなるから、 カットする曲に印をつけていってくれ。頼むよ」
僕が戻ると何も書かれてなかった。
「MJ、どうするつもりなんだ」って言ったら マイケルは
「僕にはできない。できないんだ。君がやってくれ、君がやらないと」って。
それで、僕らは曲をカットしていこうとした。 彼は僕をじっと見るんだ。
「OK、これをカットしよう」
そうするとMJは「いや、だめだよ・・・」
辛い作業だったよ。 多分Man in the mirrorはやることになっただろう、でもそれもわからない。決められなかったんだよ。

Q.それは最後のナンバーとして?

A.わからない。決められなかった。

Q.自分はフリーウィリーからの曲が好きでした。リストでどのあたりに入っていましたか?

A.順位は覚えてないな。そういう、MJの好きな曲もいっぱい入ってたよ。

Q.彼は全部の曲を生で歌うつもりでしたか?

A.MJはそのつもりだった。自分はそうして欲しくなかったけどね。

Q.そうして欲しくなかった?今はたくさんのアーティストが同じこと(リップシンクのことと思われ)をしているから?

A.確実に、みなやっているね。いいかな、実験しよう。椅子に座って体を上下に揺すって、会話できるかどうかやってみて。 今度は踊りながらどうなるか想像してみて。MJはNOって拒否したろうけど、僕はこう言うだろう
「MJ、君が歌えることは誰でも知ってる。5歳の頃から歌ってるんだから。ミリバニリとは訳が違うんだよ。マイケルジャクソンなんだ。」
それでも彼は拒否したろうから、僕は言う
「OK、せめていくつかの曲はキーを低くさせて。」
それで彼は、 「OK、でもほんの少しだけね」
「オーライ、MJ」
それで何曲か、J5みたいなのは譲歩してくれる、
「少しだけ下げたけどどう?」
「いや、もうちょっと。これを歌うには年をとっちゃったからね」
こんな感じ、僕はやってほしくなかったけどマイケルはやりたがった。 彼のため、そして彼の才能に誓って言う、これがマイケルなんだよ。

Q.ジャクソン5の歌に関してはあなたのほうで音域も狭くしましたか?

A.いや、やっていないよ。

Q.余韻を残して、といった表現をよくしていましたが、他にどんな「MJイズム」がありましたか?

A.たくさんあったよ。「余韻」「月光を浴びる」「I'm sizzling(沸騰寸前?)」このあたりが好きだね。 I'm sizzlingなんて考えつかないよ。たくさんあった。Wanna Be Starting Somethingで僕に話しかけてる場面があるよね、
「まだ足りないんだ、この部分が(ビートボックス)」って。
あるとき、MJが部屋で
「あの部分なんだけど、もっと大きくだしたいんだ」
「従兄弟みたいなものだよ。ギターと、その従兄弟がいて、従兄弟が駆け寄ってくる。ギターをもっとヘビーにするんだ。 そしたら腕の中に従兄弟がいるんだよ」こんな調子だった。 マイケルジャクソンイズムだね。自然で、大げさじゃなく、シンプルで、誰にもわかるような。

Q.これを質問できる人はあなたしかいないと思うんですが、「シャモーン」って何ですか?

A.シャモーンは、カモンと、いろんな・・・モータウン時代に培ったものの単なる組み合わせで・・・ 知ってると思うけど、MJはいつも誰もやらないことをしてたよね。特にステージでは、 どんな瞬間の動きも無駄なものは何一つなかった。映画をもう一度見たらわかるけど、 ジュディスとのデュエットでも彼はいつも生き生きと動いてる。優雅にね、いつもそうだった。 どの瞬間も特別だった。

一度聞いたんだ、
「MJ、どうして指にテープを巻くの?」って。
ずっと知りたかったからね。 それは素晴らしいギグでね、MJから
「2人きりだとしたら僕に何を聞きたい?」
って言われたから その機会を最大限に生かしたわけ。彼は「本当にそれを聞きたいの?」って、丁寧に、でもちゃんと答えてくれたよ。 「これはね、つけてると気分がいいんだ」バッターが打席につくみたいな感じで、指にその感覚が必要だったんだ。 もちろん、彼が手を動かすとそこに目がいくっていうのもあるよ。だから意味のないものは何もないんだ。 ショービズだよ。「バーン!」MJの動きを追っていてもその白い色につい目がいってしまう。 彼が子供の頃に習ったショービズの技だよ。

Q.ダンサーのオーディションにマイケルもいましたね。マイケルはバンドのオーディションについては どのくらい関わっていたんですか?オリアンティは素晴らしかったですね。

A.MJとの一番初めのほうのミーティングはバンドについてだった。ドラマーをまず選んだ。 フットって呼んでる、ジョナサンモフェットという名前なんだけど。MJともう30年一緒にやってる。 僕は「ああいいよ、彼を入れよう」って。僕のしたかったことは、家に来てきれいに掃除するような感じ、 新しい生活をはじめるために。これから2年一緒にすごす予定だったから、家族みたいにならなきゃいけない。 わだかまりや火種になりそうなものを持ちたくなかった。2年間の仕事、MJの希望を考えると 延長も入れて3年から5年になったかもしれない、その期間ずっと一緒にいる人たちは自分が うまくやっていけそうな人じゃないと。そうやってバンドを選んだ。

「フットはどうやって見つけたの?」とMJに聞いたら、「ジョナサンが叩くと僕は踊りたくなるんだよ」って。 ダンサーにこう言われるっていうのは最大の賛辞だよね。ベーシストのアレックスもいた。 僕らとマイケルは911の直前の30周年で一緒にやったんだ、マイケルは彼をすごく気に入ってた。

MJは僕を信頼してくれてたからバンドのメンバーについては任せてくれてたんだけど、 ギタリストについては女性がいいっていうことだった。金髪のね。 で、ちょっと色々探ってみたらオリアンティの名前が5回でてきたから、彼女のマイスペースに アクセスして、「マイケルジャクソンの音楽ディレクターです」ってメッセージした。本当の話だよ。 もちろん信じてもらえなかったね。 彼女のマネージャーが電話してきて、ああ、前のマネージャーね(笑)、ちょっと失礼な感じだったね。 だから言ったんだよ、「わかってるか?あんたは自分のクライアントのチャンスをふいにするところだ。 いいから彼女の番号を教えてくれ、自分で話すから」って。 で、彼女に電話して「一度来てほしい、マイケルに会ってもらいたい」 彼女に来てもらってマイケルに会わせた。さすがにそのときには本当の話だってわかってもらえたよ。 マイスペースから、っていうのは信じられなかったみたいだけどね。

それからもう一人のギタリスト、トミーについては唯一オーディションで選んだ。 マイケルを驚かせたんだよ。今までマイケルとずっと一緒にやってきたデイヴィッドウィリアムス、 最高のデイヴィはちょうど仕事が始まる1ヶ月くらい前に亡くなってしまっていたんだ。
だから彼のようなスタイルのギタリストを探していたところにトミーがきて、それをやってくれた。 MJは一人一人ちゃんと見て、僕が連れてきた人材に感謝してくれたよ。 こんな感じだ、彼はやること全部を把握してた。MJが人任せにしたものなんて何もないよ。 衣装も、ライティングもね。公演チケットだって自分でデザインしたんだからね。 僕たちはちょうどそのとき一緒にいたよ。すごかった。なんであんなことができるのか。 ほんとうにたくさんのことが進行してたね。

Q.バンドに女性を入れたがった特別な理由はありましたか?

A.いつも一人は入れてたね、(女性の)ギターのエネルギーが好きだったんだ。 よくある形ではないよね。彼の出した必須条件は「シュレッド(細部まできちんと?)できて、 本当にちゃんとプレイできる人じゃないといけない」ただ女性がいればいいという話ではなかったんだよ。 本当にうまい人材を探してた。そしてオリアンティはそういう人物だ。 今彼女はゲフィンレコードに属していて、まさにブレイクするところだね。 彼女のビデオも見たしCDも聞いたけど、素晴らしいよ。有名になるよ。 MJはそういうエネルギーが好きだった。それがすべてだよ。

Q.あなたはアルバムには関わっていましたか?

コンサートと同時に新しいアルバムが動いているような話もでていましたが、まったく別でしたか? A.アルバムも一緒にやっていたよ。でもコンサートとはまったく別の話だったよ。 新しいアルバム、新しい作品、全部ね。

Q.リリース予定はありますか?

A.わからない。Will.i.amは何かやろうとしていたね。新しいプロデューサーもいっぱいいてね。 MJは何も(おそらく新曲をという意味)歌わなかったよ、頭の中にあるだけ、だから僕はしらない。 話もそこまで進んでいなかった。

Q.トリビュートコンサートの計画はありますか?

数ヶ月前にキャンセルになったものがありましたけれど。 A.それはジャーメインが彼独自にやろうとしていたもので、僕らにはまったく関係ない話だったんだ。 来年、MJの誕生日あたりに僕らで何かやりたいなとは思うけど、未定だね。

Q.あなたから見て、マイケルが遺してくれたものは?

A.僕から見たマイケルが残してくれたもの、それは愛だね。彼の世界への願いだよ。 映画の中で、MJは「もっと愛を持つべきだ」って言ってたね。このかけがえのないプロジェクトで 僕たちができることはそれだった、MJの子供たちがこれからもずっとそれを見ることができるように。 きっと喜んでくれるよ。あの子たちは父親がやったことの意味を理解するだろう、 そしてそれこそがMJを動かした理由なんだ。彼は言ってた、子供たちが十分に理解できる年になって、 そして自分もまだ若いうちにやりたいって。 彼の遺したものは不滅だ。ファンを愛し、世界を愛し、さらにもっと愛そうとしていたよ。

   
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Michael Beardenのインタ
http://www.youtube.com/watch?v=TYe_e2wsOOw

マイケル・ビアデンのインタから面白いから抜粋意訳してみた

「ダーティーダイアナのセットでポールダンスをするアクロバット・パフォーマーのリハの時、 まあ、所謂ちょっとセクシー路線の奴なんだが、その時に
“MJ、君はこのステージのどこに行くわけ?”
と聞いたら マイケルが(ちょっといたずらっ子の様な感じで)
ベッドにいるダンサーを見て
“どこかって?ベッドに彼女と一緒に決まってるよ!変な事聞くんだね!”。
で、またまた素晴らしいギタリスト、オリアンティって言うんだけど、俺が
“じゃあオリはどこに?”
って聞いたら
“彼女も僕と一緒にベッドの中だよ!!”
で更にこう付け加えたんだよ
”(ベッドでの)やり繰りは任せてくれ”


 
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